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民法改正の話題(概観)

弁護士 永 島 賢 也
2009/8/6

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第1 民法改正への動き

1 現在、研究者を中心として、民法(債権法)改正への動きが活発化しています。

2 平成21年4月には、学者有志によって構成される改正検討委員会から、「債権法改正の基本方針」(以下、単に「基本方針」といいます。)が公表されました(NBL904号参照)。
 この検討委員会は、 あくまで、私的な研究会であると説明されていますが、法務省官房審議官(深山 卓也氏、後藤博氏)や、民事局参事官(筒井健夫氏)が、委員として参加していた経緯に鑑み、本年秋にも、法制審議会での民法改正の審議が開始されるのではないかと、うわさされています。

3 もっとも、この改正検討委員会の事務局長である内田貴氏の言によれば、この「基本方針」は、あくまで、学者によるアカデミックな提案であって、そのままの形で、民法改正のたたき台になるものではないとのことです。

4 今、なぜ、民法(債権法)改正なのか、

という問いに対する回答は、要約すると、次のように説明されています。

 「民法は、制定から110年経過している。その間、経済・社会の大きな変化 と、グローバルな取引法の国際的調和への動きがある。この前提条件の質的変化が法典の見直しを要請している。他方、判例が、条文の外に膨大な数の規範群を形成している。そこで基本法典の内容について透明性を高める必要がある。」

5 このように、(1)経済・社会の変化、(2)国際的調和、(3)条文の外に形成・蓄積されている膨大な規範群の存在が、民法改正を提案する理由として掲げられています。

6 また、内田貴氏の言によれば、「国際的に債権法の統一を図る動きがあり、 日本からモデルを発表したいというのが強い動機」であるとのことです。つまり、単に、国際的な調和を図るにとどまらず、我が国から積極的に発信していきたいという意味合い込められているようです。

7 そのほか、民法改正については、加藤雅信教授を中心とするグループ(判例 タイムズ1281号)、金山直樹教授を中心とする時効研究会(NBL122号)、椿寿夫教授を中心とする研究会(「民法改正を考える」)があり、それぞれ活動を活発化させています。

8 我が国は、昨年(7月1日)、いわゆるウィーン売買条約を批准し、本年8月1 日から発効されるとのことです。1世紀以上の長きにわたり、我が国で形成・蓄積された規範群を、世界に発信できるかどうか、今、私たちは試されているのかもしれません。

第2 改正の対象

1 基本方針によると、民法の編成としては、

第1編として「総則(一部のみ対象)」、
第2編として「物権(対象外)」、
第3編として「債権」、
第4編として「親族(対象外)」、
第5編として「相続(対象外)

という形となります。

2 このうち、第1編の「総則」の一部(法律行為)と、第3編の「債権」が、今回の改正試案の対象となります。また、債権の時効は、総則から債権に移されます。もっとも、法律行為の箇所と契約の有効性の箇所は、甲案、乙案の両論が併 記されています。

3 第3編の「債権」は、大きく、3つ

第1部として「契約及び債権一般」、
第2部として「各種契約」、
第3部として「法律に基づく債権


に分かれています。

4 第1部の「契約及び債権一般」は、

第1章として「契約に基づく債権」、
第2章として「責任財産の保全」、
第3章として「債権の消滅等」、
第4章として「当事者の変動」、(債権譲渡など)
第5章として「有価証券」、
第6章として「多数当事者の債権債務関係」、
第7章として「保証」

に分かれています。

5 第2部の各種契約は、売買等の典型契約が定められていますが、さらに、そのほか、「ファイナンスリース」、「役務提供」、「継続的契約等」も定められています。
役務提供とは、請負、委任、寄託、雇用を包摂する上位カテゴリーとのことです。
なお、「第三者のためにする契約」については、甲案、乙案で位置づけが異なります。

6 第3部には、契約上の債務の不履行以外の理由による損害賠償の場合について定められていまして、「債権法の改正」と言いながら、実は、不法行為など他の分野も視野に入れていることには、注意を払っておくべきです。

第3 民法改正をざっと眺めたい方へ(とりあえず・・・)

1 とりあえず、民法改正について、ざっと眺めたい方向けに、若干、強弱をつけながら、今回の基本方針を見るとすれば、以下の点を、指摘することができます。参考になれば幸いです。

2 まず、債務不履行の場面で必ず出てくる「責めに帰すべき事由」という文言が、基本方針では消失しています。これは、「帰責原理面で過失責任の原則をとらないことを示すため」と、説明されています。債務者が免責される枠組みを、ドイツ流の「無過失」から契約のもとでの履行障害リスクを「引き受け」なかったことへと変更しようとするものです。

3 これに対しては、もともと、「責めに帰すべき事由」という文言は、必ずし も、意識的にドイツ型の過失責任原則に結びつけられて用いられているわけではありませんから、文言としては「責めに帰すべき事由」を維持したうえ、その意味内容について確認しておけば足りるのではないかという意見もあります。 いずれにせよ、従来、無過失として免責されてきた事柄について、今回の基本方 針では、どのように、対処しようとしているのか、気になるところです。

4 次に、今回の基本方針は、危険負担制度を廃止させています。すなわち、解除制度を再構成し、解除について不履行者に故意過失を要件としていませんので、危険負担と適用場面が重複してしまいます。そこで、これを避け、この領域も、解除制度の守備範囲にしようとしています。

5 これに対しては、改正検討委員会(全体会議)において、危険負担制度を存続させるべきであるという反対意見もあったそうです。 我が国が批准した、上述のウィーン売買条約では、その第66条で危険の移転について明文を定めていますので、国際的調和という観点からは意見の出るところか もしれません。

6 次に、金銭での賠償について定める試案の第2項は、「損害を金銭に評価するにあたっては・・・(中略)・・・を考慮して、賠償額を確定する。」と定めています。これは、損害賠償の範囲の場面と、その損害の金銭的評価の場面を、 明確に区別する考え方を採用したように見えます。
 金銭的評価については、債務不履行により債権者が受けた積極的損害、奪われることになった将来の利益、非財産的損害を考慮して、賠償額を確定するとされ ています。算定基準について、物の価格の時期的定めがありますが、逸失利益や慰謝料に関する我が国で形成蓄積された規範群については触れられていないよう です。
 また、損害賠償の範囲については、「通常損害」「特別損害」という枠組みがなくなっています。これに対しては、現行法の416条に慣れている研究者・実務家にとって、「通常損害」「特別損害」の枠組みの方がわかりやすいのでは、との意見もあります。

7 基本方針では、債務不履行による損害賠償は、あくまで、契約の拘束力として生じるものと説明されています。ですから、逆に言えば、不法行為による損害賠償とは、一線を画すことになります。明らかに、法的根拠が異なることになるからです。したがって、債権法の損害賠償の考え方を、そのまま不法行為に流用 (準用・類推など)することは難しそうです。また、そもそも、法的根拠が全く 別物というのであれば、請求権競合の問題ないし訴訟物理論の問題にも影響があるかもしれません。

* 不法行為についても、損害賠償の範囲の問題と、その金銭的評価の問題を分けるべきとの解釈をするのであれば、不法行為については、違法行為の抑止的効果をもたせるという観点から、故意の不法行為の損害の金銭的評価では最低金額 (たとえば100万円など)を設けるとか、悪質なケース(詐欺的ビジネスなど) では、(懲罰という意味ではなく、違法行為の抑止という意味で)2〜3倍賠償制度を導入する余地も出てくる可能性があります。
 交通事故訴訟では、故意、重過失(無免許など)、著しく不誠実な態度等がある場合、慰謝料を増額することが認められていますので、慰謝料のみについて相場の2〜3倍の賠償を認めるという基準を定める立法も考えられます。

 ちなみに、基本方針の一番最後の【3.3.02】には、「債務不履行における損害賠償範囲に関する準則(【3.1.1.67】)をこうした債務不履行以外の理由による損害賠償の場面に準用ないし類推適用することは否定されるべきこととなる」と述べられています。すなわち、債務不履行の損害賠償の規定を、不法行為には準用や類推適用はできない旨が明記されています。

8 基本方針の定める「契約において債務者が引き受けていなかった事由については、損害賠償責任を負わない」という趣旨について一抹の不安が述べられています。すなわち、契約書の作成段階において、交渉力のある一方当事者が、引受事由を限定して責任が生じる範囲を狭くする、(あるいは、リスクとして引き受 けない事由をたくさん列挙する)という方向へ、シフトしていくのではないかという点です。契約書の条項が、非常に長くなる可能性がありますので、多数の弁護士でチェックしなければ、契約書のチェック作業も追いつかなくなるおそれが あります。

9 第2章の各種契約の中に、医療機関、つまり病院(病院を開設する法人)と 患者との間の「診療契約」が含まれていません。条文の外にある規範群 (fiduciaryの観点も含まれます。)の形成・蓄積を表現するのであれば、これも、我が国における典型契約に含まれても良いのではないかと思われます。また、医師の診療債務は「手段債務」の典型例(反対語は「結果債務」)として掲げられていることに鑑みても、引き受けなかった事由との関係が問題になり得ます。

10 一見、見慣れないものとしては、「一人計算(いちにんけいさん)」という条文が、追加されています。これに対しては、民法に入れるのではなく、別の単行法にすべきとの意見もあります。
 一人計算は、債務の消滅原因のひとつです。複数の者が、多角的に債権債務の関係に立つ場合に、集中決済を実現し、一部の無資力の危険を関係者の間に分散させることができるそうです。いわば、相殺の前駆手段として働くものです。一人計算の目的となる債務について差押えや仮差し押さえなどの個別債権執行等があっても、一人計算は影響を受けることがないとされています。とすると、場合によっては、破産管財人の業務と緊張関係を有する制度になるかもしれません。

11 また、請負契約の中に、「下請負」という節が設けられていまして、そこでは、下請業者に注文者に対する直接請求権を認めています。この請求を行ったときは、注文者は、その後に、元請負人に報酬を支払ったということを下請負人に対抗できないことになっています。注文者に直接請求することは、業種によっては、タブー視されている部分でもあるので、気になるところです。

12 今回、債権法の改正の基本方針とされていますが、よく見ますと、総則についても、触れられています。 たとえば、意思能力を欠く状態でなされた意思表示は、無効ではなく、「取り消す」ことができるとされています。無効と取消の二重効の議論を解消するという意図があるようです。しかし、これには、異論もあるようです。
 そして、錯誤の効果も、「取り消し」になっています。この取消は、善意「無過失」の第三者に対抗できないとされています。他方、虚偽表示の効果は無効とさ れていますが、第三者は、単に「善意」とだけ定められていまして、「善意無過失」とはされていません。
 代理については、新たに、「代理権の濫用」や、「無権代理と相続」、「間接代理」に関する条項も提案されています。

以 上

         

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