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抑止的付加金

弁護士 永 島 賢 也
2011/11/02

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下記の文章は、平成23年11月11日、パシフィコ横浜で開催されるシンポジウムの民事裁判の活性化に関する当事務所所属の弁護士永島賢也の基調報告の一部です。内容は抑止的付加金制度の導入についてコメントするものです。現時点(2011年11月)では、そのような制度は設けられていません。立法提言にかかわる話題です。

弁護士永島は日弁連シンポジウムに登壇しました
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抑止的付加金

第1

 1 なぜ,不法行為によって債権が発生するのか。不法行為制度の目的が問題になるが,それを専ら報復や制裁の機能をもって説明することは困難である。実際に感情として加害者に対する不満の解消という結果が生じている場合があったとしても,不法行為制度の目的として現実的な機能は,やはり被害者の救済(損害の填補)にある。そして,このように加害者が被害者に発生した損害を填補しなければならないものとすれば,将来の不法行為を抑止する機能もあるといえよう。同制度が,被害者自身とは関わりのない事情(加害者の責任の有無)によって被害者の救済が左右されるとしている以上,被害者の救済(損害の填補)という観点からのみ同制度を理解するのでは十分とはいえないと考えられるからである(窪田充見「不法行為法」有斐閣(2010年)20頁)。
 2 この点,不法行為の抑止については刑罰や行政罰に委ねてしまい,不法行為制度は,填補賠償に集中するという制度設計もあり得るところではある。むしろ,その方が,民法の採用する不法行為制度としては一貫性があるかもしれない。しかしながら,填補賠償を超えた一般予防につき,いつも十分な刑罰や行政罰が用意されているとは限らない。特に,新しい形態の侵害行為については,法律の制定が後追いになってしまうことが,常態といい得る。また,発生させた損害を賠償しなければならないのであれば,普段から注意深く行動したり,危険な行為を回避するという動機付けになることは見やすい道理である。たとえば,過失犯の場合などは,刑事罰よりも賠償責任の負担の方が重いところがあると言え,民事責任による抑止力の存在を否定することは困難ではないかと思われる。
 3 そこで,やはり,不法行為に基づく損害賠償制度は,事後的に被害者を救済し,発生してしまった損害を填補して,不法行為がなければあったであろう状態を回復させるとともに,あわせて,将来の不法行為を抑止するという2面的な機能を有していると解するのが合理的な説明になっていると考える。
 4 学説には,「不法行為制度の目的の一つとして,将来の違法行為の抑止を掲げる見解は,増加しつつある。」と述べるものがある(潮見佳男「不法行為法」信山社(2004年)14頁)。確かに,「不法行為法は,被害者救済と不法行為の抑止という2面で機能しており,解釈においても,この2つの側面を考慮すべき場面が少なくない」と明言する見解がある(内田貴「民法Ⅱ」東京大学出版会(1997年)303頁)。
   また,次のような指摘もある。「刑事責任と民事責任の分化・峻別という建前に対しては,近時においては,社会統制の手段という観点から,刑罰と損害賠償のそれぞれの守備範囲を再び検討しなおし,刑事責任と民事責任とを有機的に再統合することもあってよいのではないか,という考え方も提起されるにいたっている。このことは,不法行為制度の目的を損害填補と見ることに徹すべきか,これを主目的とはしつつも,加害者に対する制裁という要素(したがって,一般的損害抑止機能も,当然これに伴う)をも目的に含めて考えるべきか,という問題である。」「この制裁的機能を含ませるか否かについての見解の分かれは,具体的には,主として,いわゆる慰謝料の理解の仕方について現われる。」という(幾代通「不法行為法」筑摩書房(1977年)3~4頁)。

第2

 1 このように,いわゆる慰謝料の理解の仕方に,不法行為制度が填補賠償を超えた機能をもつべきかどうかという見解の分かれ目が出てくるのだとすれば,実際に慰謝料という損害項目で認められている金額について,どのような印象がもたれているのか,注目される。
 2 そこで,今回行われたアンケート調査の結果を見てみたい。これは,2011年6月23日から同年7月15日までに,57期以上の弁護士会員(18923人)を対象に行われ,うち776の回答を得たものである。
 3 「あなたが,過去5年間に扱った損害賠償請求事件(不法行為や契約責任上の事件等)での認容額について,どのように思いますか。該当するところに1つだけ○を付け,可能であれば具体的内容を記載してください」というものであり,精神的損害,身体的損害,物的損害,逸失利益について,その認容額に対する意見を調査した。
 4 その結果は,次のとおりである。
   精神的損害については,かなり高い=5,高い=23,ちょうど良い=114,低い=356,かなり低い=226であり,「低い」が最も多く,その次に多いのが,「かなり低い」というものであった。すなわち,精神的損害に対する賠償金額は,「低い」か「かなり低い」という意見が約75%を占めている。
 5 これには,他の身体的損害,物的損害,逸失利益に対する回答とは,明確に異なる傾向が見られる。というのは,精神的損害以外について,「低い」が一番多いのであるが,その次に多いのが,いずれも「ちょうど良い」という回答であるからである。身体的損害については約80%が,物的損害についても,約80%が,逸失利益については約75%が,「低い」か「ちょうど良い」と回答しているのである。
 6 したがって,アンケート調査結果によれば,損害賠償請求事件における精神的損害の認容額は,身体的損害や物的損害,逸失利益に比較して,明らかに低めの印象で受け取られているのである。
 7 そうだとすると,不法行為制度をして,填補賠償を旨とする考え方に立ったとしても,実際には精神的損害も含め必ずしも損害は填補されたとは考えられておらず,他方,填補賠償にプラスして抑止的効果を含める考え方に立てば,なおさら違法行為の抑止力は働いていないのではないかと指摘することができる。

第3

 1 不法行為により損害が発生したとき,加害者と被害者とで損害の公平な分担を目指す場合,そもそも填補賠償という仕組みは公正なものといえるのか。
 2 ロバート・ノージック(1938-2002)は,完全賠償(complete compensation)では,被害者に不利であるがゆえに,不公正である,と述べる(Robert Nozick, Anarchy, State, and Utopia, Basic Books, New York, 1974)(亀本洋「法哲学」成文堂(2011年)176~177頁,341〜342頁「交換利益の分割の不公正さ」)。言うところの完全賠償とは,被害者を,もし権利侵害がなかったとしたら,その人があったであろう状態にするのに十分なだけの賠償をさしているので,ノージックは,発生した損害を填補するだけでは被害者に不利であると述べているのである。
 3 ノージックは,米国の政治哲学者であり,いわゆるリバタリアン(自由尊重主義者)の代表格である。国家は,誰の自然権も侵すことなく道徳的に正しい仕方で成立しうるか,という国家論を論じる過程で,すべての権利侵害行為,ないしそのおそれのある行為を,被害者への賠償を条件として許容することが,なぜ,許されないのか,を論じている。
 4 なぜ,完全賠償は不公正なのか,というと,完全賠償が,権利侵害がなかったとしたら,その人があったであろう状態にするのに十分なだけの賠償であるとすると,被害者がそのような行為を自分に対してする権利を事前に加害者に売ったとしたら,被害者の達したであろう状態に被害者をするのに十分なだけの賠償額に比べると一般に低く,完全賠償額は,後者の取引において成立しうる最低金額にとどまるものであるからという。
 5 例を挙げる。たとえば,交通事故で自分の車を破壊された人が,その加害者に自分の車を同じように壊す権利を事前に売っていたとしたら,その人は,完全賠償額,すなわち,被害者の状態を事故前の状態へ回復させるために加害者が支払わなければならない賠償額以上の値段で,そうした権利を売りたいと思うであろう。被害者が,最低金額に甘んじなければならない道徳的な根拠はないとノージックは主張する(前掲亀本・177頁)。その限りで賠償を条件に権利保持者の同意なしにすべての権利侵害を許容するシステムはカントの定言命法に違反するという意味で他人を手段として利用することを許すシステムということになろう,とされる(前掲亀本・177頁)。 
 6 ここで,すべての権利の侵害行為を,被害者への賠償を条件に,消極的にではあっても,結果として容認してしまう制度として,民法の不法行為法が掲げられている(前掲亀本・176頁注46参照)。確かに,不法行為制度は,填補賠償を覚悟した者に対しては,権利侵害行為を(消極的にではあるが,結果として)容認してしまうことになると思われる。
 7 ところで,権利侵害行為が,必ず,後で賠償されるものとわかっていても,それが恐怖や不安を生じさせてしまうことはないであろうか。ノージックの比喩を引用する。「来月私は君の腕を折るかも知れない。それをする場合は,私は君に2000ドルあげよう。しかし,もし私が君の腕を折らないと決めれば,君には何もあげない。」この場合,2000ドルとは,完全賠償に充分な額と理解すべきであろう。
 8 この比喩は,そのような発言をする人物のことを問題にしているのではない。完全賠償の支払を条件に権利侵害を容認してしまう制度(システム・仕組み)自体が,いつ自分の大事な権利が侵害されるかわからないという恐怖を不特定多数の人々に与えてしまうのではないかという点が問題とされるのである。
 9 ここでは,次の点を指摘したい。我が国の不法行為制度が,填補賠償を覚悟した者に対して権利侵害の自由という悪しき選択肢を(消極的にではあるが)容認してしまっているのではないか,ということである。填補賠償に徹した不法行為制度であるならば,被害者が,なぜ,填補賠償という最低ラインの賠償金額に甘んじなければならないのか,その合理的な理由を語られなければならないはずである。もし,そこから先は刑事法の領域であると言うのであれば,まだ刑罰法規のない隙間の領域で権利侵害の自由を享受する経済力を蓄えた組織が増長することには目を瞑るしかない。たとえば,(1)他人の土地を無断で駐車場として利用して使用利益を得る場合,(2)他人の知的財産を利用して利益を得る場合(海賊版など),(3)他人の名誉やプライバシーを侵害して利益を得る場合など,不法行為によって得られる利益の方が賠償責任額より大きければ,不法行為をするというのは経済的に合理的な選択となるのである(前掲窪田・21頁,同書は,このようなフリーライド型不法行為について「不法行為法が何の対応もできないというのは,奇妙な印象を与える。」と述べる)。

第4

 1 実際のケースを見てみたい。プリンスホテルと日本教職員組合との事件である。これは,日教組の集会に使用される予定であった宴会場の使用等を,裁判所の仮処分命令に反してまで拒否したことにつき,プリンスホテルの損害賠償責任が認められたものである(2010年11月25日東京高裁判決・「判例タイムズ」No.1341-146頁)。
 2 事案の概要は,日教組においてプリンスホテルとの間で,「日教組第五七次教育研究全国集会」開催のために会場予約及び宿泊予約等をしていたにもかかわらず,プリンスホテル及びその代表取締役らからこれらの契約を解約したとの理由で法的根拠もなくその使用を一方的に拒否されたので,教育研究全国集会全体集会等の中止を余儀なくされ損害を被ったなどと主張して,損害賠償を請求するとともに,更に日教組がプリンスホテルに対し,同代表取締役らによる名誉及び信用の毀損行為により損害を被ったなどと主張して,謝罪広告の掲載を求めたというものである。
 3 同判決は,日教組に生じた財産的損害として1392万5190円を認定している。日教組が支出した出費は,いずれも前夜祭及び全体集会が実施されないこととなったにもかかわらず支出せざるを得なかったものであり,日教組に生じた財産的損害であると評価することができる,という。また,日教組の単位組合らに生じた財産的損害として1456万4825円を認定しているので,両者を合計すると,結局,財産的損害として2849万0015円を認定したことになる。
 4 他方,同判決は,日教組に生じた非財産的損害として財産的損害の3倍に相当する8547万円(1万円未満切り捨て)を認めている。
   28490015 × 3 = 85470045
  多少,長くなるが,非財産的損害を認めた理由部分を引用する。
 5 「被控訴人日教組に生じた財産的損害は,前記7認定のとおり1392万5190円であり,また,被控訴人単位組合らに生じた財産的損害は,前記8認定のとおり1456万4825円であり,この両者とも,前記3及び8認定のとおり,実質的に被控訴人日教組が本件使用拒否により被った財産的損害である。この財産的損害を超えて,被控訴人日教組に非財産的損害が生じたかどうかについて検討するに,前記1認定のとおり,被控訴人日教組は,本件仮処分命令を申請し,これを認める決定を得た後,保全異議,保全抗告に対処し,これを維持する東京高等裁判所の判断を得たものであり,これによって本件仮処分命令が確定したものであるにもかかわらず,その判断の内容に従った履行を得ることができず,本件教研集会の前夜祭及び全体集会を開催することができないこととなったものである。そして,弁論の全趣旨によれば,被控訴人日教組は,確定した仮処分命令の履行が得られないことに対処し,本件教研集会を実施,運営していくために,上記の財産的損害に加えて,数額算定が困難である多大な労力と出捐を強いられ,また,前夜祭及び全体集会が開催できないこととなったことによる混乱と困惑を収拾するために,数額算定が困難である無形の損害を被ったものと認めることができ,さらに前記5認定のとおり名誉及び信用の毀損による無形の損害も被ったものである。これらの非財産的損害のすべてを金銭で評価するとすれば,上記財産的損害の合計額である2849万0015円の3倍に相当する8547万円(1万円未満切り捨て)であると認めるのが相当である。」
 6 すなわち,同判決は,財産的損害を超えて非財産的損害が生じたかどうかを検討し,財産的損害に加えて,さらに多大な労力と出捐を強いられ混乱と困惑を収拾するため無形の損害を被ったと認めている。この損害を金銭で評価するとすれば,財産的損害の3倍であると認定したのである。
 7 一見,いわゆる3倍賠償を認めたようにも見えるが,この判決は懲罰的賠償とは異なる。あくまで発生した損害の賠償という枠内に収まっている。損害には財産的損害と非財産的損害があり,非財産的損害として無形の損害を被った事実を認定したうえ,その金銭的評価の手法として財産的損害の3倍とするとしたものであるからである。
 8 司法裁判所の判決である以上,あくまで損害の賠償という枠組みを超えることはできない。むしろ,この判決で注目しておくべき点は,裁判所が従来の判断枠組みを維持しながらも,実質的には何を意図しようとしたのかであり,できれば予め目指すべきその先に視野を広げておくことである。
 9 実際に,この判決についての印象としては,(1)実質的に裁判所侮辱的なニュアンスがあるというもの,(2)施設使用許諾の仮処分に違反している点が重視されたというもの,(3)同様の仮処分違反行為などが繰り返されるおそれを防止しようとしたというもの,などがあった。
 10 プリンスホテルは,日教組の集会の際に多数の右翼団体が抗議活動を行うことを理由として利用契約の解約等を主張し,施設の利用を一貫して拒否していることから,契約破棄による何らかの賠償責任が発生すること自体は覚悟していたものと思われる。たとえ,損害賠償をしなければならなくなったとしても,施設利用を拒否することによって避けられる不利益がそれを上回っているのであれば,株式会社としては頗る合理性な選択というべきである。実際,プリンスホテルは,ほかの利用客,周辺住民,周辺施設とその利用者に対する損害賠償責任の発生を根拠として施設利用拒否の正当化を試みており,また,仮処分の保証金2200万円では損失を補うことはできない旨述べている。
 11 仮に,それが,損害填補をコストに織り込んだ上での合理的な選択であったすれば,将来同様の事態が生じたときは他の株式会社であっても同様の選択をする可能性が高い。取締役の善管注意義務が経営判断の原則に則って判断されるとすれば,なおさらである。
 12 果たして,プリンスホテル側は,施設の利用を拒否するかどうかの判断過程において,将来,日教組側から本案訴訟が提起された場合,8547万円もの無形的損害の賠償責任が認められる結果になることを予想したであろうか。

第5

 1 将来,紛争が発生し,財産的損害のみでなく,非財産的損害として高額の損害賠償責任が肯定されるおそれがあるということが,行為の当時に予測可能であれば経営判断の原則に則って他の選択肢をとる余地も出てくるであろう。
 2 仮に,(1)故意か,それ以上の悪質性が認められる場合,(2)侵害された利益が直接人権として保障されているものである場合,あるいは,(3)仮処分等の裁判所の判断に敢えて反する行為をした場合など,その要件を明記したうえ,将来,同様の行為が繰り返されないように,付加金を課することができる旨の定めがあったとすれば,それが経営判断に影響を与えるのは必至といえる。株主に対する説明として,付加金を課せられるおそれを回避したという内容は,経済合理性に合致しているからである。
 3 今後,非財産的損害として財産的損害の3倍が認められた判決があるという状態と,抑止目的の付加金を課す制度を導入して,その要件が明記されたという状態とで,どちらが予測可能性に資するかは,言うまでもないであろう。
 4 現実には将来予測の困難な経営判断に悩む企業ばかりではない。他者の法益侵害に対する賠償責任をコストに織り込んで権利侵害行為を繰り返しているのではないかと思われる企業もあるとされている。ひとりのプライバシーが侵害されたとしても,それを楽しく思う者が多数いれば,それは功利主義のいうところの最大多数の最大幸福に合致するという言い分も成り立ち得るのである。
 5 不法行為制度が,違法行為の抑止機能という目的をも持っているのであれば,抑止目的の付加金制度を導入しても制度目的と矛盾があるとはいえないであろう。また,加害者に対する懲罰(punishment)と不法行為の再発防止(deterrence)とは一応区別することができる。賠償額が,不法行為がなければあったであろう状態を回復させる金額で足りるとするのであればなおさら,そうでないとしても,私人に悪性の強い不法行為につき提訴する動機づけを与えることは,不法行為の発生を抑止することにつながる。

                                   以 上

                                

         

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